ケッパーケイパーチリペッパー

なんかとなんかをつなげて幸せ

自分が考えることを予測してその考えをすっとばす試み

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

思考を環であると仮定する。

その環は一定時間経つと思い出す。

知ってから忘れてキッカケを得て思い出す
思い出した記憶はいつも同じでなければならないから
思考から復帰までを環であると仮定できる。


環をなぞっている間考えは途切れない。
考えている間と記憶を呼び起こした時だけは途切れていない。しかしそれ以外は環に無関係な思考で満たされている。

また、記憶が復帰した場合でも記憶を入力
した時の思考へそのまま舞い戻るわけではないため
途切れた穴は一つではない。
コではなくニに近い環である。


そして思考した時の反芻は確実に行われるわけでなく
記憶への疑いを持った時のみ戻ろうとすることから
この環は1つの記憶をまとめたものではないといえる。


形を変えない記憶ではなく思い出すたびに
内容が変わるような記憶というものもある。

環は2種類の記憶にとって普遍的であると考えられる。


わかるような気がしている時は環の上であり
言葉をうのみにするしかなく言い換えが関の山だった時
環から環へ移動しているとする。

環から環の移動時に言葉を発しているとすれば
環の数は限られるが考えまで環で説明することはできない
といえる。環の並び方へ名前を付けることになるだろう。

環だけでは思考の先回りはできない。


環とは「言葉で説明ができた」と「やり方をなんとなくで言える」が揃ったその説明対象をいうこととする。

つまり決して体感ができないエピソードの最小の形である