掃除ができない人間はパソコンや携帯を触るのが好きだ
たとえばファイルを置く場所が大量にあるとして
置くべきファイルも大量にあると仮定する
それは無数の写真だったり無数のオブジェだったり
いやというほどの洋服だったりするわけだ
皿や食器でもいい
とにかく大量にファイルがある
それはファイルとは言えないだろうと思う
それぞれ皿で食器で写真でオブジェであるがそれはすべてファイルである
というのは矛盾があるからだ
だがそれが正しいファイルである
状況は意味不明だ
これはファイルが複数の場所に置かれているという状態を示している
つまり同じ物であったとしてもお気に入りの置く場所があるという
状態を作ることのできるファイル整理方法である。
自分の部屋をファイル整理の場であると考えた場合
欠点があるとしたらどこであろうか
ひとつしかない物を中心に置くのは当然であるが
ファイルを置く場所を何もないところから探し出さなければならない
そもそもファイルを置く場所を見つけ終えたとしても
また新しいファイルを置く場所というものが見えてくる
すべてに物を置いてしまうとお気に入りだった一つのものが
隠れて見えなくなってしまうということを気をつけねばならない
すると珍しく且つ目立つ場所というものを見つけて
ファイル置き場を作り出さなければならない
といったところだろうか
物を集中しておくことによってファイルの置き場を作り出す
という行為が部屋の飾り付けファイル整理には存在している
パソコンに必要なものは
そのファイルを置く場所というものと
ファイルを置かない場所というものの区別が存在することだ
パソコン内にファイルが置かれている場所が一か所しかない殺風景な
部屋というものを作り出すことはできるものなのだろうか
パソコン内にホログラムを置くこともきっとできるようになるだろう
すれば、パソコン内の部屋はおそらく半分無限に広げ続けることのできる
レイアウト空間になることもある
インターネット全体にそのファイル整理方法を広げることができれば
なお簡単にバーチャルネットワークによる世界というものの製作ができるだろう。わざわざ3Dをリアルに近づける意味もなく感覚機関にインターフェースを近づける意味もない
思い込みによってなにかできるかもしれないと思い込んでいる思考に
今のVRはよく似ている