ケッパーケイパーチリペッパー

なんかとなんかをつなげて幸せ

茫然と膨大な雑事を傍観しているので多忙なんだろう

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なにから始めるべきなのか到底考え付かないようなくらいに
まったくなんにもわからない時がある。そういう時はまず
簡単に手が付けられるところから始めればいいのだという。
だがそれは保存される物理的な物だけではないのだろうか?
考えであった場合手に付けられる考え事から真っ先にとりえあえずで
結論を出してしまうと即座にガタがくる。
たとえば茶筒がまったく理解できなかったとしよう。

周りは笑うのだが実際まったくわからない。


何に使うのかも
どういった形状までが茶筒なのかも、そもそも筒じゃないくせに
なぜ筒なのか? かぽっと外れた時点であれは既に筒ではないではないか
複合された筒だ。しかも筒の穴が貫通していない。穴の開いている筒なのか穴の開いていない筒なのかはっきりしないではないか。
どちらに開通しているかわからない筒だからロールとも棒とも呼ばずに
筒なのだ。


茶だというのに色は緑や茶、中には柄の入ったものまで存在している。
茶色だから茶筒、赤筒青筒とあった中で茶が最も人気であったから
茶筒という名のものだけが名残のように残ってしまったはずだから
茶筒が茶ではないというのならそれは元のルールに戻って緑筒 柄筒だろう
茶筒にはお茶をいれているのを見たことがある。もしかしたら茶を入れるから
茶筒という名前になったのではないか。
色が茶色というわけではないから茶筒なのだな。


茶筒にはお茶を入れるというがお茶を入れるだけではなくコーヒーや
きな粉、小麦粉、粉状のものならばなんだって入ってしまわないだろうか

ここに何かヒントがあるような気がする。
茶筒を見たら茶筒だと思い出すことができるヒントがここにあるような気がする!
粉上のものが入っていれば茶筒なのだ。粉上のものが中に入っていたら
茶筒だと言える!外側から茶筒の中身を見ることはいまだにできないが
もしも茶筒の中身を見ることができたのならばそれはきっと茶筒だと簡単に
見分けることができる!僕は茶筒を理解したぞ!

それでも僕はいまだに茶筒の中身を確認することができないから
茶筒を見ても茶筒だとわかることができない
茶筒の中さえ確認することができれば茶筒だとすぐわかるのに
どうして茶筒の中身は確認することができないのかよく思い出してみよう

わからない… そもそも茶筒を確認する時自体が記憶にない。
そもそも茶筒の中身を見たところでそれが茶筒ではなく
ただの筒であったとしたならばそれは茶筒ではなく筒状の入れ物じゃないか
茶筒の中身を確認する手段を定型化したところで意味はない
どうしたら茶筒が茶筒なんだろう
茶筒はなんだかわからない。

とこういう思考を茶筒でないものに感じてしまっている。
正直こいつが茶筒の事を理解する日はないんじゃないだろうか。
茶筒を理解するにはなにをしたらいいんだ。