ケッパーケイパーチリペッパー

なんかとなんかをつなげて幸せ

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アニメーションはたくさんの有象無象によって
表現したい一つの動きを作らなければ映えない

一言で表せる映像は味気ない。
同じ動きではあるけれど2つが違うものだと確証がある
そういう動きが必要だ。
背景が右から左へと動いている
向こうからやってくる車は左から右へなんとなくカーブしている

これは右から左へスライドするという動きが同居し
かつその二つがまったく違うものであると言える映像の例だ。

感覚的にはカーブしながらゆっくりと近づいてくる映えた映像である。


こういう入り組んだ映像を安定させるためには
なにを見るべきであろうか。

そもそもこの考え方は材料となる絵がすでに用意されているうえで
どうやって動かしたらいいかしか決まらないはずだ。


映像を作ろう と考えているからこそ安定して映えた様な気がするだけ
注目する点が少しでもずれれば その人間からは興味がわかない物になる
変哲もない車のアニメ 曲がったけどこれで終わり?と言うだろう。
っていうかなんか背景変に動きすぎじゃない?

心に来る言葉をいただくことになるだろう。


規則性を操作する考えを取り払ってみようと思う

規則性は連続したあと収束する
問題はその収束後にそれを言葉として客観し、また
規則性を持つことのできる言葉に再転換されてしまう事にある

つまり私の心の中では規則性を書ききったと思い込んでも
まだその規則性は見る側で発展し続けて言葉が変わるのだ。
現実で見られる現象として飽きるというのがそれによく似ている。

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